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3・11、国道15号線。 [pray for japan]

 このたびの東日本大震災の被災者の皆様、心よりお見舞い申し上げます。

 一日も早い復興を祈り、一人の日本人として、せめて日々の勤めを一生懸命に行い、元通りの日常を取り戻す力になれればと思います。本当に小さな存在で、小さな力ですが、できることをやっていきます。あぁ、レディ・ガガになりたい!



 3月11日金曜日。私は東京・新橋の会社にいました。近郊での仕事から戻って席に戻り、PCに取材テープをコピーしているところでした。

 最初は大きくゆっくりとした揺れを感じました。2日前、同じような地震があったので、今回も同じと思いきや、突然、尋常でない揺れがフロア全体を襲いました。デスクの横のスチールラックから、いろいろなものが落ちてきました。

 私は川崎市の出身。石油コンビナートを擁する海岸側の小学校では、毎月のように避難訓練が行われていました。そこで覚えていたこと。まずは、非常口を開けること。

 私の会社のある古いビルは、エレベーターが1基。非常階段のあるドアを開けておかないと、ふさがって出られなくなってしまうかも…という小学校以来の記憶で、とにかく非常階段に走り、ドアを開けに行きました。

 しかし、揺れは止まらない。ドアを開けた瞬間、会社のビルが大きく傾いた気がしました。このまま折れてしまうのではないかと。そして、立っていることもできない揺れの中でドアを押さえ、外を見ると…

 隣のブロックのすべてのビルが、まともじゃない揺れ方をしているのです。大きいビルも、小さなビルも。まるで、コンニャクのようにぐにゃぐにゃと。見たこともない、恐ろしい光景でした。

 非常階段を、上のフロアの人がバタバタ降りてきました。「非難したほうがいい」と。

 娘はどうしたろう? その時刻はちょうど、帰宅した頃か、自宅を出て、学校から近いおばあちゃんの所へ歩いていく頃のはずです。川崎は無事だろうか?

 当然、こんな大地震が起きたら電話はつながらない。

 社内の人たちと、道に出ました。その場は、同じようにビルから降り、不安そうに立ち止まる新橋のサラリーマンであふれかえっていました。

 社内に戻ってみましたが、繰り返す余震の中、社長が社員たちに帰宅を指示。しかしまだ電話はつながりません。

 その時実家の母からメールが来ました。母は無事です、良かった。早く娘の安否を確かめなくては。

 会社を出る前にニュースの津波の映像を見ました。これが実際に起こっていることなのか? 喉がからからに渇き、息が止まりそうになります。

 娘は大丈夫なはず。言い聞かせながら、会社を後にしました。

 JRは止まっているという情報があったので、駅には向かわず、まっすぐ国道15号から川崎を目指しました。動き出したらそこから乗ればいい。待っていたら、いつ娘に会えるかわからない。暗くならないうちに歩き始めなくては。16時頃のことです。

 東京に勤めていて、覚悟していなかったわけではありません。災害が起きたら、新橋から自宅のある川崎までは徒歩で帰らねばならないと。その日が実際に来るとは。そしてそれが、今日だとは。

 偶然その日はハイヒールでなく、野外での取材のためにスニーカーを履いていました。何度か電話を試みるも、一向にかからないので、携帯のラジオ機能でNHKFMのニュースを聴きながら歩きます。震源は東北だという。しかしそうは思えない東京の揺れ方でした。あの非常ドアを開けた時の恐ろしい光景が頭を離れません。それともあれは、恐怖で増幅された記憶なのか。

 スーツ姿の人、ハイヒールの人、ヘルメットをかぶり、非常持ち出し袋を背負った人。サラリーマンが歩道からあふれるように大群をなして、北へ南へと早足で歩いていくのは異様な眺めです。

 と、その時、私の携帯が鳴りました。

「ママーっ!!」

 良かった、後ろで主人の声も聞こえました。主人と一緒なら安心です。娘は、おばあちゃんの所に向かう途中、商店街で地震に遭ったと言っていました。揺れに驚いて立ち止まると、スーパーの店先に並んだ自転車が次々と倒れたと。そう言いながら、それほど恐がっていないようだし、元気そうです。さすが娘。そういうところが私とは違う。

「ママは歩いて帰る。何時になるかわからない」
「わかった。頑張って!」

 お互いに状況を確認し合った後、私はまた歩き続けました。早く娘に会いたい!家へ帰りたい!

 川崎へはこの国道をまっすぐです。道路標識が教えてくれる川崎への距離が徐々に縮まっていくのだけが、心の支えです。

 1時間半で品川駅に到着。しかし、この混雑は。タクシー乗り場に行列が。そして、バス乗り場にも。タクシーなんて来ないし、バスだって乗れやしないはずです。乗ったとして、動かない。

 行列の人を避けながら、国道を進むしかありません。

 電車から、ある時は車から見たことのあるこの道。歩くと、こんなに長いとは。

 国道が京浜急行の線路沿いになる辺りから、空が真っ暗になってきました。そして冷え込んでくる。

 道連れのない孤独な道中、ラジオはとてもありがたいものだけれど、聞こえてくるのは恐ろしいニュースだけ。あの地震と大津波で、亡くなられた方が大勢いるという。

 そして、やまない余震。

 不気味に静まり返った鉄道高架。びっしりと隙間なく続くブレーキランプ。歩道にあふれかえる黒い人影。三つの異質なものが平行に連なり、街を貫いていました。

 


 続きは次回へ。
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コメント 15

みちこ

ナッツさんもご家族も無事で何よりです。
娘さんと離れた場所での被災、さぞ心配であったかと
思います。
私は自宅で被災でしたが、それでも十分に怖くて不安で。
私はまだこの数日の自分の状況や心理をまとめる
気持ちになれていなくて、それでもやっぱりきちんと
まとめるべきだ、と思っています。
関東にいるだけで不安ですが、いま私たちにできることを
きちんとやらないとですね。
by みちこ (2011-03-17 00:05) 

mayu

本当に無事で何よりでした。
真っ先にナッツさんに連絡したの!
本当に心配で心配で…
テレビで新橋駅見た瞬間に!!!
大変だったけどUちゃんもパパ様も待っててくれてホッとしたね。
あの2人の笑顔に救われたね。
でもナッツさん、先に来られてる、みちこさんも私の大事な人!
本当に無事でいてくれて安心しました。
電話も話せて良かったよ~!
ありがとうね♪

読んでて涙が出たり笑いがあったり…
本当に大変だったのが痛い程、わかります。

by mayu (2011-03-17 09:13) 

hatsu

本当に大変でしたね。
ナッツさんもご家族の皆さんも、無事でなによりでした^^

by hatsu (2011-03-17 09:35) 

terazo

自分も新橋の古いビルで地震の洗礼を受けました。
本当に一生の価値観を変えるような体験でした。
「今何もできない」選択肢のない生活を余儀なくされている
被災地の人たちに対して、自分は「今できること」の選択肢の中から
何を優先し今を生きていくのか。いろいろ問うことがあります。
とはいえ、偉そうなことは何もできず目の前の小さな日常を、
こなしていくだけの存在なのですが・・・。
by terazo (2011-03-17 09:52) 

rin

ナッツさんの更新をどんなに待っていたことか!
ようやくブログをする余裕もできたのかと安心しています
あの日、私は兵庫県にいましたが全く揺れを感じなくて
主人からすごい量の着信があるのを見て津波と地震のことを
知ったんです。まさかあんなことになっているとは、、。
主人の同僚も横浜から東京まで歩いたそうです
通勤も駅に人が溢れて大変なことになっていますね
まだまだ不便な日々が続くと思いますがどうか乗り切って
くださることを願っています!

by rin (2011-03-17 21:06) 

かあか

ナッツさんのご家族のご無事の報告~心待ちにしておりました。
私は兵庫の実家2階レッスン室でめまい?と思うような長い時間の地震を感じました。これはただごとでは無い!と直感。

これからも長くご不便で大変な毎日だと思いますが、どうぞお身体には気を付けてくださいね。
by かあか (2011-03-18 15:56) 

baby_pink

ナッツさん遅くなりましたが、何よりご無事でほっ。と
安心しました。。よかったぁ。。
まだまだ余震がつづき不便も沢山ありますが
皆さん心ひとつに合わせて、希望を持ってがんばりましょうね。

またナッツさんとパパさんの優しいお料理を楽しみにしています♡
by baby_pink (2011-03-18 16:23) 

ゆらゆらくらげ

ご無事で何よりです。
電話が通じないのはこわいですよね。
いつの間にかみんな携帯依存になちゃったみたい。
ただ、まだ終わってないことを忘れないように
がんばっていきましょう。
by ゆらゆらくらげ (2011-03-19 06:56) 

guran

ナッツさんもご家族も無事で良かったですね。
この記事で体験された様子がすごくリアルに伝わって来ました。
ドアを開けるとは思っているのですが、訓練しておかないと出来ないですよね。すぐに行動に移ったナッツさんはすごいです。
by guran (2011-03-19 11:02) 

rtfk

ご無事でなによりです
徒歩でのご帰宅・・・お疲れさまです
こういうとき家族同士の連絡がとれる技術を開発して欲しいものです。。。
by rtfk (2011-03-21 11:57) 

ナッツ

皆様のコメントを読んでいると、
心を一つにしている気持ちになれます。
本当にありがとうございます。

今日は冷たい雨。
被災地の方々もつらい思いをなさっていることと思います。
遠く離れた地に住む力のない一人の人間として、
最も大変な思いをされている方々に
できるだけ迷惑にならない行動を考えるしか
なすべきことはないと感じます。
まずは省エネ、義援金…できることから
協力してまいります。

by ナッツ (2011-03-21 14:43) 

ゆったん

ナッツさん、訪問が遅くなりました・・・
皆さん、ご無事で何よりです!!
大阪でも長い時間揺れて怖い思いをしたのですが
まさか同じ時間にあれほどまで大きな被害が出ていたとは
今でもその光景が信じられないです。
私も微力ながら、今できる精一杯のことをして
日々大切に過ごしたいと思っています。
心をひとつにすると大きな力になりますものね。
それを信じています。
by ゆったん (2011-03-21 17:13) 

ももくま

ナッツさん、大変でしたね~@@でもご無事で本当によかったぁ。
今は、被災地域の方々のことを思いながら、私たちにできることを
少しずつやっていくしかないですよね~。
by ももくま (2011-03-21 19:46) 

ナッツ

ゆったんさん、
妹さんご家族、ご無事でよかったです。
大阪まで揺れていたんですね。
今、何を見るにつけ日本人が一致団結していることを感じます。
いつ何が起こっても後悔しないように
日々精一杯頑張ります。

ももくまさん、
無事でいる私にも何か使命はあると思い、
ほんの小さな力ですが、
これでも日本の一部なのだという覚悟で
日々努力していきたいです。
この時を経験した子どもを社会に送り出すママとして
しっかりいろんなことを考えさせていきたいです。
by ナッツ (2011-03-25 09:35) 

ナッツ

皆様へ…
現在、パソコンに向かう時間を短くしております。
コメントのレスが不規則になっておりますことを
心よりお詫び申し上げます。
by ナッツ (2011-03-25 09:42) 

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